偏光板とポリプロピレンによる着色現象に関する考察


第48回日本学生科学賞内閣総理大臣賞受賞

 この北海道南茅部高等学校の生徒による研究は、2004年に行われた日本学生科学賞において、最高賞である「内閣総理大臣賞」を受賞した作品です。審査は、大学の先生の中心とした審査員によって、2日間にわたるポスター発表形式で行われました。


1.はじめに

2枚の偏光板の間にセロファンやポリプロピレン(PP)などを挟めると色が付いて見える。どうして色が付くのかという原理について調べることにした。一般にはセロハンテープでの実験が有名であるが、セロファンもPPも着色の原理は同様であり、またPPの方が分子構造がはっきりと分かっているため、本研究ではPPを用いた。また、使用したPP1枚の厚さは0.030mmであった。PPを20枚重ねてマイクロメーターで測定したところであった。

使用したPPの厚さ
 0.030mm

2.ポリプロピレンの分子構造と性質

 PPの構造式は右の図の通りである。分子構造はフィルムを作る過程で力を加えるため、分子が一方向を向いている。この分子の向いている方向を今後「縦」と呼ぶことにする。また「縦」に垂直な方向を「横」とする。

 PPは分子が一方向に並んでいるため、縦方向と横方向で屈折率が異なることが知られている。この性質は「複屈折」と呼ばれ、着色現象の原因となっている。

3.現象

 2枚の偏光板を黒くなるように重ねる。その間にPPを挟むと色が付く。偏光の向きがPPの縦方向、または横方向の時は色は付かず、黒いままである。しかし、偏光板を回転させると徐々に色が付き、偏光板の向きが45°となったときに最も色が付く。


 左図は2枚の偏光板の間に45°の角度でPPを挟んだ写真である。左上の<1枚>からPPの枚数を増やしていき右下の<12枚>までを並べて撮影した。PPの枚数によって色が変化していることがわかる。また、PPの枚数が増えると色がなくなる傾向があることもわかる。


4.原理

 ポリプロピレンに対して、偏光板の向きが0°、90°の色が付かない場合と、45°の最も色が付く場合に分けて考える。

4.1. 0°、90°のとき(色が付かない場合)

 PPは縦に偏光した光に対する屈折率と、横に偏光した光に対する屈折率が異なるという性質を持っている。その向きに偏光した光はPPの中で速さが遅くなるだけで偏光の向きは変わらない。そのため、2枚目の偏光板を通ることができず、黒いままである。

4.2. 45°のとき(色が付く場合)

 PPの中では縦に偏光した光と横に偏光した光で屈折率が異なることから、進む速さが異なることになる。つまりPPを出たときには縦方向と横方向で位相がずれる。この縦方向と横方向の位相の差は波長により異なるので、3つの場合に分けて考える。

4.2.1 結果として位相がずれない波長の場合(波長の整数倍ずれる場合)

まず光を縦方向と横方向に分解する。光がPPを出たとき、結果的に位相がずれない波長の場合はもとと同じ向きの光が出てくる。

入射光

PPを出た光。結果的に縦と横の波がずれていない。

結果として、もとと同じ光になる。

4.2.2 位相がずれる波長の場合(半波長ずれる場合を除く)

 ほとんどの波長で位相がずれることになる。この場合、PPから出てきた光は下図のように回転することになる。

PPを出た光。図では半波長ずれている。

縦成分と横成分を合わせると、光は回転することになる。

4.2.3 位相が半波長ずれる波長の場合

 ちょうど位相が半波長ずれる波長の場合、PPを出てきた光はもとの光の向きに対して90°回転する。

PPを出た光。縦成分と横成分が半波長ずれている。

入射光に対して、90°回転している。

 以上から、光が2枚目の偏光板を通るためには90°回転しなければならないので、この「位相が半波長ずれる波長」の光が通り抜けると考えられる。

4.3. ファインマン物理学によると

 有名な「ファインマン物理学」という本にはこの現象の説明が文章で書かれている。

「以上の実験(*1)で白色光を使えば、セロファン膜は白色光の中のある特定の成分に対してのみ半波長板(*2)の役目をする。したがって通過した光はこの成分の色をもつことになる。」 (ファインマン物理学II 光 熱 波動 P.91)

注*1:2枚の偏光板の間にセロファンを挟む実験

注*2:縦方向と横方向で位相が半波長ずれるような板

 また英語の原著にも以下のように書かれている。

If we use white light in our demonstration, the cellophane sheet will be of the proper half-wave thickness only for a particular component of the white light, and the transmitted beam will have the color of this component.

(The Feynman lectures on PHYSICS Volume I, 33-4)

5. 実験1「直視(簡易)分光器での観察」

 偏光板とPPによって色が付いた光を直視分光器と簡易分光器で観察することにした。PPの枚数は1枚〜12枚まで観察を行った。

5.1. 予想

 ある特定の波長の光だけが通ると考えられるで、線スペクトルもしくは右図のような幅の狭いスペクトルが観察されるのではないか、と予想した。

5.2. 結果

 予想とは異なり、幅広いスペクトルが観察された。幅広いスペクトルの中に黒い線が観察され、PPの枚数が増えると、その黒い線が移動しているように見えた。またスペクトル中の青の中にほとんど移動しない黒い線があることが分かる。

(なお、スペクトルの写真はデジタルカメラ、ネガフィルム、ポジフィルムなどで撮影したが、いずれも青、緑、赤の3色が強調されるものとなった。この写真は簡易分光器のスペクトルをマクロレンズを使い、ポジフィルムで撮影し、スキャナで読み取ったものである。)


PPの枚数

1枚

スペクトル

PPの枚数

7枚

スペクトル


2枚

8枚


3枚

9枚


4枚

10枚


5枚

11枚


6枚

12枚


5.3. 検討

 実験結果はファインマンの説明とは異なっているという印象を受けた。この実験結果を検討するため、大学の先生に相談した。

 その結果、スペクトルを見た目だけではなく数値化してグラフで表す必要があるということとなり、大学にある装置をお借りできることとなった。後日改めて大学にて実験を行った。

6. 実験2「スペクトルのグラフ化」

 右の写真がその時の実験装置である。

 写真右の白色光源から出た光は、1枚目の偏光板、PP(1〜12枚)、2枚目の偏光板を通る。出てきた光は、回折格子により波長ごとに分ける装置に入る。この装置から単一波長の光が出力され、その光の強さを測定する。測定範囲は380nm〜700nmとし、5nm間隔で測定した。

6.1. 予想 

(1)ファインマンの説明の通りであれば、左のグラフのようにある特定の波長ところに鋭い山が現れるはずである。

(2)逆に実験1で黒い線が見えたということから、右のグラフのようにある特定の波長のところに鋭い谷が現れる可能性がある。

6.2. 結果 

 PPの枚数が1枚〜12枚まで12種類のグラフがある。横軸が波長で380nmから700nmまで測定した。縦軸は光の強さで、偏光板を平行にし、PPを置かないときの強さを1として、グラフを描いた。

 予想に反してなだらかな曲線を描いている。PPの枚数が増えるにつれ山、谷の数も増えている。

PP1枚

PP2枚

PP3枚

PP4枚

PP5枚

PP6枚

PP7枚

PP8枚

PP9枚

PP10枚

PP11枚

PP12枚


7. 考察1 「ファインマン物理学」の記述について

 実験1では「ファインマン物理学」にある「セロファン膜は白色光の中のある特定の成分に対してのみ半波長板の役目をする。したがって通過した光はこの成分の色をもつことになる。」という表現は正しくないのではないか、という疑問を持った。実験2においても、予想とは異なり、鋭い山は観察されず、なめらかな山であった。やはり「ファインマン物理学」の記述は適切ではないと考える。

 次になぜグラフがなめらかになったのかについて検討する。

7.1 2枚目の偏光板を通る光

 PPに45°の角度で偏光した光が入ると考える。この光を右の図のように左から見た様子を下の図のように表す。

 PPを出た光は波長によって縦方向に偏光した光と横方向に偏光した光の位相差が異なっている。位相差が小さい場合、Bのように光の進路は楕円形となる。

 さらに、位相差が少し増えるとCのように円に近い楕円になる。位相差が4分の1波長の場合はちょうど円になる。更に位相差が増えるとE、Fのような楕円になり、位相差が半波長の時にはGのようにAと比較して90°回転した光になる。半波長以上の位相差の場合はG→F→E→・・・→Aとなる。

 A以外の場合はいずれも入射した光に対して90°回転した成分を持っており、赤線で示したこの成分が2枚目の偏光板を通り、波長の変化に伴って、通る光の強さも連続的になだらかに変化すると考えられる。

 PPの枚数が2枚の時のグラフに対応させると、右のようになる。

 ただし、この考え方は「回転する光が偏光板を通る」ということが前提になっている。次にこのことについて検証する。

7.2 回転する光は偏光板を通るのか

 レーザー光は単一波長で偏光している光として知られている。このレーザー光を使って回転する光が偏光板を通るのかを検証する。

A         B         C         D

 図Aは白い紙の上にレーザーを当てたところで、図Bはレーザーの偏光の向きと同じ向きに偏光板を入れたところである。紙上のレーザーの明るさはほとんど変わらない。

しかし図Cのように偏光板を90°回転させるとレーザーの光はほとんど通っていない。この実験でレーザー光が偏光していることが分かる。

 この状態でレーザーポインタと偏光板の間にPPを45°の角度で入れると、再び光が透過し紙上の光は明るくなる。この時さらに、下の偏光板を回転させても紙上の光は明るいままであった。

 レーザーポインタから出た光は偏光しているが、45°回転したPPを通ると回転することになる。この回転した光はどの角度の偏光板も通り抜けると考えられる。

7.3 余色の関係は面白い? 

 「ファインマン物理学」には次のような記述もある。

 これらのフィルター(*1)には、二つのポーラロイド板(*2)の軸が垂直の場合に通す光の色と、平行なときに通す光の色とが余色の関係になるという面白い性質がある。(ファインマン物理学II 光 熱 波動 P.91-92)

注*1:2枚の偏光板の間にセロファンを挟んで色が付いた状態をフィルターと呼んでいる。

注*2:偏光板のこと

 英語では以下のように書かれている。

 These filters have the interesting property that they transmit one color when the two polaroid sheets have their axes perpendicular, and the complementary color when the axes of the two polaroid sheets are parallel.

(The Feynman lectures on PHYSICS Volume I, 33-4)

 この文章の後は別の話題に移ってしまって、「面白い性質がある」ということだけで終わっている。なぜそのように余色の関係になるのかという説明は全くない。しかし、7.1で示した考え方では余色の関係になるのは当然である。

 すべての波長において、下図のAの向きの成分とGの向きの成分に分けられるので、2枚の偏光板が垂直の時の光と、平行の時の光を合わせるともとの白色光になるのは間違いない。つまり、余色の関係になるはずである。

 この現象を的確に説明できることから、7.1の考え方はほぼ間違いなく、逆にファインマンの考え方には不備があったと思われる。

7.4 傾けたときの色の変化

 さらに「ファインマン物理学」には次のような記述もある。

 この透過する色はセロファン膜の厚さに関係する。ところがセロファン膜を傾けることによって、その有効な厚さを変えることができる。光がセロファンを斜めに通ればセロファンの中で長い路を通ることになる。それでこの膜を傾けると、それを通る光の色が変わる。(ファインマン物理学II 光 熱 波動 P.91)

 英語では以下のように書かれている。

 The color transmitted depends on the thickness of the cellophane sheet, and we can vary the effective thickness of the cellophane by tilting it so that the light passes through the cellophane at an angle, consequently through a longer path in the cellophane. As the sheet is tilted the transmitted color changes.

(The Feynman lectures on PHYSICS Volume I, 33-4)

 確かに傾けると色が変わる。色が変わる主な原因は有効な厚さが変わるためだと思われるが、右の図でAの向きに回転させた場合と、Bの向きに回転させた場合とでは色の変わり方が異なることがわかった。PPの分子配列を考慮すると、この現象について説明できるが、ファインマンはここまで言及していない。



 色の変化の原因

「有効な厚さが変わるため」+「PPの分子配列」

8. 考察2 グラフに関する考察

8.1 山と谷について

 グラフにおける山と谷について考える。グラフの山の部分はその周囲の波長と比較して強い光が観察されているため、4.2.3で説明した縦と横で「位相が半波長ずれる波長の場合」の光となる。

PPに入る光

PPから出た光


 グラフの谷の部分はその周囲の波長と比較して弱い光が観察されているため、4.2.1「位相が結果としてずれない波長の場合」の光となる。

PPに入る光

PPから出た光


8.2 PPの枚数にかかわらず通らない波長 

 6.2.で示したグラフを全てまとめたグラフを下に示す。

 <縦軸光の強さ、横軸波長(nm)>

 このグラフで440nm付近の波長では、全てのグラフが谷になっている。このことについて説明する。

 今回使用したPPでは、440nm付近の波長が、「位相が結果としてずれない波長」だと考えられる。つまり440nm付近の波長はPPを何枚重ねても常に入る光と出る光の偏光の向きが変わらないため、2枚目の偏光板を通らず、光の強さが最小になっていると考えられる。

 この440nm付近の波長というのは、色にすると青である。実験1の直視分光器での観察において、PPの枚数にかかわらず、「青」の中の移動しない黒い線は、ちょうどこの波長に対応すると考えられる。

 なお、440nm付近の谷の位置がグラフによって少しずれているが、これは光の強さの測定時に、PPに若干の傾きがあったため、という理由が最も大きな原因だと考える。

8.3 PPの枚数を2倍にしたときの山と谷

 PPの枚数を2倍にすると、PPを出た光の縦と横の位相差も2倍になる。位相差が半波長のときグラフでは山になるが、PPの枚数が2倍になると位相差は1波長となりグラフでは谷になるはずである。一方、位相差が1波長のときグラフでは谷になるが、PPの枚数が2倍になると位相差は2波長となりグラフでは谷となるはずである。

  PPの枚数を2倍にすると  
 

山→谷

谷→谷

 

 このことについて実際のグラフで検討する。PPの枚数が3枚、6枚、12枚のグラフを次に示す。

 PP3枚のグラフの山は、PP6枚では谷になっている。その他にはPP12枚では谷のままで変わらない。同様に、PP3枚での谷はPP6枚でも、PP12枚でも谷のままであり、PP6枚での山はPP12枚では谷となっている。

 同様に他のグラフでもPPの枚数が2倍になると「山→谷、谷→谷」の関係が確認できる。


8.4 山と谷の位置を予想する

 PPを通った後の縦と横の位相差とグラフの山・谷の関係を示す。


縦と横の位相差 波の回転する角度 グラフの山・谷

0.5波長  90°

1.0波長 180°

1.5波長 270°

2.0波長 360°(0°)

2.5波長 450°(90°)


 PPが1枚の時(右のグラフ)、440nm付近の波長(グラフの谷の部分)で縦と横の位相が1波長ずれていると仮定する(仮定①)。

 PPが2枚になると厚さが2倍になるので、440nm付近の波長で2波長ずれることになる。

 グラフからこの波長は430nmと読み取れるので、全体のずれは430nm×2波長=860nmとなる。

 すべての波長で同じだけずれると仮定する(仮定②)と、1.5波長だけずれる波長は860nm÷1.5=573nm。この波長で山になるはずである。測定値は565nmと非常に近い値である。

 PP3枚の時は、430nmで3波長ずれると考えられる。以下同様に考えて計算値と測定値を比較する。

 次に示す表の通り、少しの差はあるものの計算値と測定値は非常に近い値になっているので、仮定①、仮定②ともに正しいと考えられる。